東京地方裁判所 昭和63年(特わ)2417号 判決
本籍
岩手県胆沢郡金ケ崎町大字西根字本町九番地
住居
東京都港区高輪二丁目一四番七-一二〇五号
医師
鈴森和夫
昭和四年二月一九日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、同諸橋哲郎出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一〇月及び罰金二〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都千代田区神田岩本町一番地岩本町ビル四階において「鈴森内科クリニック」の名称で診療所を開設して医業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、収入の一部を除外するとともに架空経費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上
第一 昭和五八年分の実際総所得金額が九八二四万三四二一円であった(別紙一の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五九年三月一五日、同都同区神田錦町三丁目三番地所在の所轄神田税務署において、同税務署長に対し、同五八年分の総所得金額が五七一〇万九六六〇円で、これに対する所得税額が二三九〇万二五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第九一号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額五三四〇万八三〇〇円と右申告税額との差額二九五〇万五八〇〇円(別紙一の(2)脱税額計算書参照)を免れ
第二 昭和五九年分の実際総所得金額が一億二一一万五一六七円であった(別紙二の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六〇年三月一五日、前記神田税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が五七九九万七三九九円で、これに対する所得税額が二二九二万九四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額五二四五万八八〇〇円と右申告税額との差額二九五二万九四〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書参照)を免れ
第三 昭和六〇年分の実際総所得金額が九八四六万五五四六円であった(別紙三の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一五日、前記神田税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が五五〇七万六三六六円で、これに対する所得税額が一八〇八万二六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額四七一一万三八〇〇円と右申告税額との差額二九〇三万一二〇〇円(別紙三の(2)脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書二通
一 収税官吏作成の被告人に対する質問てん末書九通
一 八木茂の検察官に対する供述調書
一 収税官吏作成の鈴森初江(四通)、杉内玲子及び阪本由岐美に対する各質問てん末書
一 収税官吏作成の領置てん末書
一 収税官吏作成の調査書五三通(但し、固定資産除却損調査書は判示第一及び第三の各事実のみ、二〇周年費用調査書は判示第一の事実のみ、計算誤びゅう調査書は判示第二及び第三の各事実のみ、装飾費調査書は判示第三の事実のみの各証拠)
判示第一の事実につき
一 押収してある五八年分の所得税の確定申告書(一般用)一袋(平成元年押第九一号の1)、同五八年分所得税青色申告決算書(一般用)一袋(同押号の4)、同決算書(不動産所得用)一袋(同押号の7)及び同年分財産及び債務の明細書一袋(同押号の10)
判示第二の事実につき
一 押収してある五九年分の所得税の確定申告書(一般用)一袋(同押号の2)、同五九年分所得税青色申告決算書(一般用)一袋(同押号の5)、同決算書(不動産所得用)一袋(同押号の8)及び同年分財産及び債務の明細書一袋(同押号の11)
判示第三の事実につき
一 押収してある六〇年分の所得税の確定申告書(一般用)一袋(同押号の3)、同六〇年分所得税青色申告決算書(一般用)一袋(同押号の6)、同決算書(不動産所得用)一袋(同押号の9)及び同年分財産及び債務の明細書一袋(同押号の12)
(法令の適用)
一 罰条
判示各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項
一 刑種の選択
いずれも懲役刑と罰金刑の併科
一 併合罪の処理
刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
一 労役場留置
刑法一八条
一 懲役刑の執行猶予
刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、「鈴森内科クリニック」の名称で診療所を開設して糖尿病の診療を専門とする医業を営む被告人が、収入の一部を除外するとともに架空経費を計上するなどの方法により所得を秘匿し、虚偽過少申告の上、昭和五八年、五九年及び六〇年の三年度分合計八八〇六万六四〇〇円の所得税をほ脱した事案である。そのほ脱額は高額であること、犯行の動機は、いわゆる「医師優遇税制」の特例の改正による税負担の増大に対する不満等から所得を秘匿して自己の医業や老後の生活のために備蓄を図ったというもので、特段同情の余地はないこと、所得秘匿の手段、方法も保健診療にかかる窓口収入などを除外するとともに、関与税理士の了解の下に改正前の医師優遇税制が認容した必要経費率の程度まで架空経費を計上するなどというもので、計画的かつ巧妙であること等の事情を考慮すると、犯情は悪質であり、被告人の刑責は重いといわなければならない。
しかしながら、被告人は、本件が発覚してからはほ脱の事実を全面的に認め、本件各年分の修正申告を行った上、本税、附帯税、地方税を完納したこと、本件犯行を深く反省し、従前の顧問税理士の代わりに新たに迎えた税理士の指導の下に今後は適正な申告納税を行う姿勢を示していること、被告人は昭和二五年に東京医学歯学専門学校を卒業し、同三八年に診療所を開設して今日に至るまで、その専門分野特に糖尿病の診療の分野において社会的に貢献して来たこと、被告人には前科や犯歴がないことなど被告人に有利な事情も認められ、被告人の年齢、家庭の事情等をも併せ考えると、被告人に対しては、今回に限り懲役刑の執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおりの刑を量定した次第である。
(求刑 懲役一〇月及び罰金二五〇〇万円)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲田輝明)
別紙一の(1)
修正損益計算書
鈴森和夫
自 昭和58年1月1日
至 昭和58年12月31日
〈省略〉
一八、別紙一の(2)
脱税額計算書
昭和58年分 鈴森和夫
〈省略〉
別紙二の(1)
修正損益計算書
鈴森和夫
自 昭和59年1月1日
至 昭和59年12月31日
〈省略〉
一八、別紙二の(2)
脱税額計算書
昭和59年分 鈴森和夫
〈省略〉
別紙三の(1)
修正損益計算書
鈴森和夫
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
〈省略〉
一八、別紙三の(2)
脱税額計算書
昭和60年分 鈴森和夫
〈省略〉